ゼロから海外拠点をつくる挑戦。現地で確かな信頼を築く

ゼロから海外拠点をつくる挑戦。現地で確かな信頼を築く

NISHIYAMA Corporation of America(NCA)は1982年の設立以来、ニューヨークを拠点に事業を展開してきました。長年取引のあるお客様の大型プロジェクトに対応するために、2024年には、ネブラスカ州オマハに新たな拠点を開設しました。

拠点の立ち上げ・運営を担当している園部 祥孝(そのべ よしたか)さんは、オマハでの営業活動、倉庫運営、スタッフマネジメントなど、幅広い業務を担う中で、どのような役割が求められているのか。現地での業務内容や立ち上げの過程、今後の展望について話を聞きました。

現場に寄り添いお客様の期待に最大限応える

「NISHIYAMA Corporation of America」は1982年に開設された当社のアメリカ法人です。アメリカでは当初ニューヨークのみで営業拠点を構えていましたが、2024年にネブラスカ州オマハに新たな拠点を立ち上げることになりました。

ネブラスカ州には、長年にわたりニシヤマが鉄道車両部品を納めてきたお客様のアメリカ法人があります。同社がニューヨーク地下鉄の鉄道車両を量産するプロジェクトを開始し、ニシヤマにとっても非常に重要な案件となりました。ニューヨーク州から必要に応じて出張で対応していましたが、よりお客様に近い場所で営業活動を行うために、同じネブラスカ州に拠点を構えることに決まりました。

オマハのオフィスには、約140坪の倉庫を併設しており、NCAとしては初めて、自前で物流拠点を持つ形になりました。物理的な距離が縮まったことで、トラブルが発生した際や、お客様から問い合わせを受けた際にも、すぐに現場へ駆けつけることができるようになりました。例えば、当社が納めた製品についてお客様からご指摘をいただいたとき、メールや写真でのやり取りが中心でしたが、今では実際に現場に行き、実物を見ながら対応することができています。お客様から求められていることについて、直接顔を合わせて確認できるようになり、会社にとって大きなメリットをもたらしています。

「営業」と「運営」の両輪を担う

現在私が行っている業務は、大きく分けて二つあります。一つは営業業務、もう一つは事務所の運営管理です。

営業としては、鉄道車両部品を調達し、お客様へ販売しています。先ほどお話したお客様は現在量産の真っ只中にあり、当社としても製品を安定的に供給する必要があります。製品供給は1~2年という長期スパンになり、日々の納品状況やコスト、品質を調整しながら、お客様や仕入れ先様と密にコミュニケーションを取っています。

運営管理の面では、現地採用したスタッフのマネジメントを行っています。現在オマハ拠点は、私を含めて3名体制です。1名はセールスアシスタントとして日々の営業業務をサポートしてくれており、もう1名は倉庫作業者として、製品のピックアップや荷受けなどを担当しています。

日本とアメリカの業務で大きく違うと感じる点は、業務の幅の広さです。日本で働いていた時には、人事・総務・物流といった専門部署があり、営業は営業の業務だけに集中できる環境が整っていました。一方、当地では営業以外の業務も並行して進める必要があります。

例えば、大型の木箱に入った荷物が届くと、まずは自分でフォークリフトを運転して荷受けし、バールやハンマーを使って開梱まで行うことがあります。また、人事・総務の業務も私の役割です。従業員との面接や勤怠管理、従業員が加入している医療保険会社との調整や、光熱費の支払いなども行っています。業務の幅が広くなった分、自分で考えて動く場面が増え、視野が広がり、周りをよく見るようになりました。

空っぽの事務所で気づいた仕事への向き合い方

私は、2016年にニシヤマに入社しました。名古屋支店の鉄道機器グループという部署に配属され、東海地区で鉄道車両部品メーカー様への営業に携わってきました。アメリカ拠点の立ち上げを前提とした赴任と聞いた時は、ネブラスカ州がどのような場所なのかもわかっておらず、社会人になってから海外にすら行っていないという状況でした。

「自分が行って本当に大丈夫なのか」という漠然とした不安、言葉が通じないことや、妻と子どもを帯同しての生活面への心配もありました。当時の気持ちは、不安が8割、希望が2割。それでも、ここで不安を理由に踏み出さなければ、今後の人生で必ず後悔すると感じ、挑戦を決意しました。

実際にアメリカに来てみると、やらなければならないことが次々と目の前に現れます。振り返ると、本当にゼロからのスタートでした。手元にあったのは、パソコンと営業車、そして何もない空っぽの事務所。この3つだけです。まずは事務所の看板を自分でレイアウトしたり、倉庫で使う重機をホームセンターに買いに行ったり、社内の方に協力していただきながら、手探りで準備を進めていきました。

中でも一番大変だったのが、倉庫に設置するパレットラックの搬入です。パレットラックとは、倉庫でパレットを効率的に収納することができる鉄製の棚です。当時はフォークリフトがなく、油圧ジャッキで対応しようとしましたが、重すぎてまったく運び出すことができませんでした。1枚30キロほどの鉄板と、1本10キロほどの柱が100セット分、4時間以上かけて一つずつ倉庫に運び込みました。

その時に感じたのは、「一人でできることは何もない」という無力さでした。こうした経験を通じて、ニューヨークの拠点や日本の本社の方々に積極的に相談し、周囲を巻き込みながら立ち上げを進めるようになりました。

拠点開設から2年が経ち、今ではどんな荷物が来ても、受け入れ・保管・出荷まで一通り対応できる体制が整いました。最初は何もなかった倉庫と事務所ですが、少しずつ軌道に乗ってきたと感じています。

大変なこともありますが、大きな仕事やトラブルを事務所のメンバーと協力して乗り越えた時には、やりがいを感じます。言葉や文化が異なる中で、自分の思いや要望の細かなニュアンスを伝える難しさを感じていますが、実際にメーカー様を訪問し、拙い英語でも正面から話すことで、少しずつ前進できる瞬間があります。

どんなに大変なことがあっても、「この状況は当たり前のことだ」と受け入れられるようになり、自分は思っていた以上にしぶとい性格なのだと気づきました。日本に戻ったとき、どんな困難な仕事にも向き合うことができるのではないか。そんな自信を少しずつ持てるようになっています。

目の前の仕事を積み重ね事業を育てていく

アメリカ中西部名物の『コーンプール』で遊ぶ息子

経営理念にもあるように、当社は「社員の幸福」を大切にする会社です。その理念は、実際の会社の対応にも一貫して表れていると感じています。アメリカに来てから子どもが現地の学校生活で一度つまずいてしまったことがありました。日本の本社に相談したところ、その日のうちに「ご家族の生活環境改善が最優先のため、引っ越し等の検討をすぐに進めてください」と背中を押していただきました。周囲の駐在員の話を聞いていると、そこまで柔軟に対応してくれる会社は少なく、本当に感謝しています。

妻も環境にうまく適応してくれていますし、子どもも学区を変えて新しい学校に通うようになってからは、楽しそうに過ごしています。オマハは農業が盛んな地で、秋になると農地がテーマパークのようになります。トウモロコシの粒で大きなプールを作るのが毎年恒例で、田舎ならではの遊びを楽しんでいます。

また、ニシヤマでは、しっかりと自分の働きを見てもらえるように感じます。といっても、私は特別に派手な仕事をしていたわけではありません。日本で営業をしていた時から、案件や扱う額は大きくありませんでしたが、「コツコツ積み上げる、マメなタイプ」だと言っていただくことが多くありました。アメリカで裁量を持ったポジションを任せてもらえていることは、そうした評価によるものだと思います。

海外赴任というと、海外志向が強く、英語が堪能な人が行くものというイメージがあり、国内営業をしてきた自分には縁のない世界だと思っていました。しかし、自分がコツコツ取り組んでいたことを見て評価してくださる方がいた、というのは嬉しかったです。

築き上げた信頼の上にあるニシヤマの未来

苦労して立ち上げた拠点だからこそ、今後もオマハの拠点は末永く続いてほしいと思っています。現在は、自社在庫の保管がメインの機能になっていますが、より収益につながるような倉庫の活用を模索していきたいと考えています。

また、今は3名体制なので、誰かが休んでしまうと、その分を残りのメンバーでカバーする必要があります。物流拠点として在庫管理をしているので、効率化と正確性の向上を目的に、新しい在庫管理のシステムを導入する予定です。システムを導入することで、今までかかっていた労力を少しでも減らし、メンバーが働きやすい環境に改善していきたいと思っています。

今後も引き続き「目の前の仕事に全力で取り組むこと」を大切にしていきます。ニシヤマは、お客様や仕入れ先様との信頼関係を何よりも大切にしてきた会社です。アメリカに来ても、根本は変わりません。コツコツとした仕事の積み重ねが信頼につながっていく。これまで先輩方が築いてきた信頼の上に、今のニシヤマのビジネスがあります。その信頼に応え続けていくことが、自分のありたい姿です。

大きな挑戦には、苦労や試練が伴うのだと思います。不安を押し切っての決断は、ゼロから拠点を立ち上げるという壁に変わりました。その後も、順調なことばかりが続いているわけではありません。

一方で、周囲の協力を得ながら少しずつ軌道に乗せていけたことは、自分にとって大きな成功体験になっています。試行錯誤しながら、これまで知らなかった自分の内面に気付くこともできました

私には、名古屋で営業の仕事に専念するという選択肢もあったのだと思います。決してそれが悪いと言うわけではありません。しかし、このネブラスカで得ている経験は、日本では得ることができなかったものです。苦労はありますが、それ以上に学びは大きい。少しでも「やってみたい」と思う気持ちがあるのなら、不安よりも希望を信じ、勇気をもって一歩踏み出すべきだと改めて思います。

 

 

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